厄年

Mar. 30, 2010

厄年(やくどし)は、日本などで厄災が多く降りかかるとされる年齢のことである。平安時代にはすでに存在し、科学的な根拠が不確かで起源も曖昧だが、根強く信じられている風習である。

由来

陰陽道に起源があると考えられているが出典は定かではない。江戸時代の寺島良安の和漢三才図会には、「いまは俗に男25、42、61、女19、33、37、男は42をもって女は33をもって大厄となす。其のよってくる所を知らず、男42の前年を前厄、翌年を挑厄(はねやく)といい、前後3年を忌む」(最近、ちまたでは男性の25歳、42歳、61歳、女性の19歳、33歳、37歳を厄年だといっており、男の42歳と女性の33歳は大厄だといっている。しかしその由来は不明である。男性41歳を前厄、43を挑厄といい、41~43歳の前後三年は注意してすごさなければならないといっている)とある。神道学者の三橋健は、経験則的にこの時期に人生の節目になるとされている年だと述べている。また、文化人類学者の小松和彦は、「平安時代は貴族は毎年厄払いをしていた。江戸時代に入って暦の普及とともに厄年も普及し神社仏閣での厄除けが流行した。現代は成人儀礼として行われている」と述べている。

もっとも、厄年のような考え方は、陰陽道や神道、仏教が伝わった国だけのものではなく、イギリスやスペインといったキリスト教国、エジプトやトルコといったイスラム教国にも同じような風習がある。

また、地方に幅広く根付く風習でもあるため、単純に厄除け参りを行うだけではなく、地域を挙げての行事として祭りのように祝う事もある。広義の厄年に、七五三を含める地方もある。この場合、男性女性ともに厄年の最少年齢は3歳(数え年)になる。その他、厄年の数え方も25歳を「五五の厄年」など掛け算にするなどの風習もある。

何歳が厄年であるか、またその年齢が厄年とされる理由はさまざまで、たとえば、鎌倉時代に成立した『拾芥抄』下末八卦には「厄年 十三 二十五 三十七 四十九 六十一 八十五 九十九」とあり、江戸時代の天野信景の『塩尻』十二には、「我国男四十二、女三十三、異邦七歳、十六歳、三十四歳、四十三歳、二十五歳、五十二歳、六十一歳」とある。また『燕石雑志』一によれば、男性の25歳、42歳、女性の19歳、33歳が厄年であるという。その理由は2は陰数であり、5は陽数であり、つまり陰が上に、陽が下にあるから25歳をおそれ、42歳は4も2も陰数であり、読んで「死」、男性は最もこれをおそれる。19歳は10は陰数であり、9は陽数であり、陰が上に、陽が下にあり、したがって女性はこれをおそれ、33は陽数が重なり、事の敗続するのを「散々」といい、いずれも「サンザン」と同訓であるから最もおそれるとしている。田宮仲宣の『橘庵漫筆』四でも同じように、「四十二は死と云訓にて三十三は散々と云音なり」という。平凡社『大辞典』「厄年」の項によれば、19は重苦、25は5×5=25、後後二重後ととりなして死後のこととし、33は3・3と重なるから散々ととりなし、42は4・2と続くから死(しに)にとりなして忌むという。

概要

一般的に男性と女性の厄年は異なり、本厄は男性の場合は、数え年で25歳、42歳、61歳、女性の場合は19歳、33歳、37歳とされている。特に男性の42歳、女性の33歳は大厄と呼ばれ、凶事や災難に遭う率が非常に高いので十分な警戒を要するとされている。なお、数え年は、誕生日前の場合は +2歳、誕生日を迎えている場合は +1歳を足して計算する。

いずれの厄年にもその前後1年間に前厄(厄の前兆が現れるとされる年)・後厄(厄のおそれが薄らいでいくとされる年)の期間があり、本厄と同様に注意すべきとされる。また、地域や宗派などによっては61歳の還暦を男女共通で厄年とする場合もある。

男性 女性
前厄 本厄 後厄 前厄 本厄 後厄 
24歳 25歳 26歳 18歳 19歳 20歳
41歳 42歳 43歳 32歳 33歳 34歳
60歳 61歳 62歳 36歳 37歳 38歳